秩序を破壊して新しい秩序を構築する。そのために政治や国際紛争ではさまざまな陽動作戦が行われる。事変やテロを引き起こしておいて、どさくさに紛れて平時にはできなかったことを実行する例は枚挙にいとまがない。暴動を扇動して革命を起こしたり、クーデターによって政権を奪取したりするケースは21世紀の現在でも珍しくない。極端な秩序の破壊を行えば回復不可能なダメージを与えてしまうリスクがある。

そこまで物騒なことをせずとも「カオスに浅く飛び込む」戦略は可能だ。思考や言動が硬直化しているとき、既存の秩序を壊して発想を解放し、実験や試行錯誤のできる複合系に移行するのである。

映画 Dead Poets Society(邦題「今を生きる」)の中で、ロビン・ウィリアムズ演じる新任の英語教師キーティングは、窮屈なルールで締め付けられた教室の生徒たちに教科書のページを破り捨てさせ、机の上に立たせ、教室の外で授業をする。学校のルールを無視した型破りな教え方に生徒たちは戸惑うが、ほどなく自分の頭で考え、自分の望みを見出すようになる。

これは「カオスに浅く飛び込む」例と言える。キーティングは教室の秩序を一時的に軽く破壊し、それまでの常識を打ち破ることによって、生徒たちに新しい視野を与え、一から自分で考えることを教えたのである。

こうした例はビジネスにも数多く存在する。

私の企業のクライアントに破天荒な人物がいた。その人には決断力があり、実行力があり、人望もあった。組織を牽引するパワーがあり、戦略を考える頭脳もあった。しかしあまりに力があったために組織がトップに依存する体質になりやすく、後継者を育成する上でマイナスになりかねない。よくある組織のリーダー依存である。

そこでその人物が提案したのが、ナンバーツーの女性の部下とデスクを交換する、という荒技である。部下は最初、ボスが冗談を言い出したのだと思った。そして彼が本気だとわかると目を丸くした。デスクを交換するというのは机を交換するばかりではなく、メールアドレスも交換するのだというのだ。ボスに届いたメールにはナンバーツーの女性が返信する。ナンバーツーの女性に届いたメールにはボスが返信する。ボスの許可はナンバーツーの女性が、ナンバーツーの許可はボスがハンコを押す。

ボスがどこまで本気なのかが伝わり、部下も本気で想像せざるをえない。軽くカオスに飛び込み、複合系に浮かび上がってきて、現実的な試行錯誤が始まった。

私自身も状況を見て浅く飛び込む演習を実行に移している。

例えば、クールビスと言われる夏季のカジュアルウェアが日本で広がるよりも何年も前の話だ。ある日突然カジュアルなシャツを着て出社し、そのままTシャツで仕事を続けたことがある。当時は暑い夏の日でもスーツにネクタイで仕事をするのがビジネス界の常識だった。しかし窮屈な服装は生産性を下げ、創造性を削ぐことにつながる。「社内ではカジュアルウェアを許すことにしよう」と提案し、社内の関係者の合意を図り、了承が得られた上で実行するのが組織人の常識かもしれない。私はその常識をすっ飛ばし、食事の席でひとりの役員の合意を得ただけで(「いいですよ、カジュアルで」のひと言)すぐに実行に移した。

これは些細な例に過ぎない。しかし目で見てすぐにわかる変化を職場にもたらすという意味では効果的だった。

また別のときには、まだ実績のない若手に重要な任務を与え、明確な期限を切って全面的に権限を譲渡する、という冒険もやったことがある。もちろん若手の部下には潜在的な実力があると踏んだ上での決定だが、何の実績もなく、期限までに結果を出せないリスクがある。結果が出なければ業務に支障を生じるリスクがある。本人だけでなく、周囲の人間たちも一時的に混乱に陥った。

しかし混乱が落ち着いた後は、若手社員の並外れた努力と周囲の人間たちの温かいサポートの賜物で一定の成果を上げ、それは本人だけでなく組織にとっての自信と実績につながったのである。