私が2002年に設立して20年目になる会社メタノイア・リミテッドでは、企業組織やプロフェッショナル個人の能力開発・向上に主眼を置いてコンサルティングを行っています。コンサルティングによって、診断・プランニング・設計を行うほか、ワークショップやコーチングによって実践的スキル開発も行っています。

さまざまな組織からさまざまな依頼を受ける中で、「ディベートトレーニングを導入したい」という声を聞くことがあります。

マネジメント能力を開発する方法として、ディベートは抜きん出て優れたアプローチのひとつです。

メタノイアのウェブサイトには、

合理的意思決定の方法としてのディベートを学び、危機や混乱にも動揺しない強い頭脳を開発します。組織内で闊達な議論や対話ができる方法を学びます。

と書いてあります。

これには二つの重要な意味があります。

まず、ディベートは本質的に意思決定プロセスであり、議論の勝ち負けが重要なポイントではない、ということです。

競技ディベートでは、議論を深めたり進めたりする有効な形式として、一つの論題の肯定側と否定側とに分かれて試合をします。肯定側は徹頭徹尾トピックを肯定し、否定側は徹頭徹尾トピックを否定します(稀に例外はありますが、それは割愛します)。そして試合が終わったら必ず第三者の立場にいるジャッジが判定を下します。ジャッジはできる限り公正に務め、中立的で客観的な評価を下そうとします。

これに対し、私たちの日常の思考や会話においては、同時にいろいろなことをああでもない、こうでもない、と考えたり話し合ったりしていることが多いものです。当然の結果として思考は散漫になり、会話は雑然としていきます。

競技ディベートにおいてはルールとして肯定・否定・判定という役割を与え、議論を徹底的に戦わせ、その結果を振り返ることによって物事の可否や真偽を評価するのです。これは非日常的な思考と対話の方法です。

もうひとつの重要なポイントは、組織におけるコミュニケーションにあります。自由闊達な議論や対話ができることが組織にとってどれだけ大きな価値を生むかということです。

会社や役所などの組織においては、相手の顔をつぶさないこと、自分の面子を守ること、波風を立てないこと、空気を乱さないこと、などがいわば不文律となって場を支配しています。お互いを思いやり、相互の領分を侵さないように配慮し、上の人の意思を忖度し、下の人の気持ちを推しはかり、本当のことを口にすることをためらい、もし無難な建前で済ませられるなら厳しい真実を追求したりしません。

もちろん、仕事のパフォーマンス重視の職場において、そんな余計な配慮や遠慮は無用です。結果を出すべきスポーツのチームを考えてみてください。お互いの気持ちを傷つけないために本音を隠していたら、現実から学ぶことができません。

ディベートは頭脳と弁論のスポーツのようなものです。試合の前は試合に勝つための調査・分析・戦略にエネルギーを注ぎます。試合中は目的に集中し、自分の主張を通すことに意識を向けます。試合の後は結果を振り返り、試合で何があったかを確認し、議論と意思決定のスキルを向上するために学び続けます。

ディベートはハードです。ハードなチームスポーツと同じです。厳しい訓練や周到な準備を必要とします。しかしディベートは正直な活動です。打ち込んだら打ち込んだだけの成果が手に入ります。試合や戦略を体験した頭には、その前の頭脳とは違う回路ができています。

そして、優れたチームスポーツと同じで、ディベートには終わった後の素晴らしい解放感が伴います。真剣勝負で闘った仲間同士が、まるで戦友のように親しくなることもあります。

誰にでも推薦できる活動ではありません。しかし社員の頭脳をアップデートし、組織における意思決定プロセスをアップグレードしたい企業にとっては、投資する価値のある教育プログラムではないでしょうか。