本書 Managerial Moment Of Truth(翻訳邦題未定)は仕事のパフォーマンスを高め、人を育成し、組織を発展させるための、単純明快な方法についての解説書です。

しかし本書の背後には、それ以上に深い、人間的な真実があります。

まず、人は成果を創り出すことが好きだ、という事実です。

人は誰だって何かを創り出すのが好きです。年齢、性別、国籍、文化、教育などに関係なく、人は自分が創り出したいと思ったことを創り出すのが大好きなのです。これは性善説の一種などではなく、人間の性質に関する一つの事実です。

ところが仕事の現場では、必ずしも全ての人がプロ意識をもって成果を創り出そうとしているわけではありません。全力を傾けて類い稀なる実績を上げようとする人は少数派です。多くの人は給料分の仕事をして、職を失うことなく、生活を楽しめればそれで十分と思っています。なかにはできるだけきつい仕事をせずに楽をして過ごそうと考える人も少なくありません。

本書の著者は「人はフェアなゲームではフェアにふるまう。アンフェアなゲームでフェアにふるまうと割りを食う」という言い方をしています。

フェアなゲームとは何か。それは真実に基づいた仕事をすることです。

これはいわゆる綺麗事ではありません。事実を客観的に見て、具体的な成果を上げる方法を見つけ出す。本書にはその方法が詳しく記述されています。

世間では、真実に基づく仕事のやり方が標準になっていません。その最も顕著な表れが部下の指導やチームの構築の場面に見られるのです。

例えば、部下を褒めて育てるのがいいのか、叱って育てるのがいいのか、といった議論があります。相手の性格を見抜いて「この部下には厳しく接したほうがいい」「この部下はおだてて持ち上げてやったほうがいい」などと心理操作をするのを推奨する専門家もいます。

本書の著者に言わせれば、こうした部下操縦法は最悪の結果を招くものです。もし相手の心理を見事に読み、なだめたりすかしたりして相手を動かすことに成功したとしてもそれは一時的なものに過ぎません。上司が自分の意図に従わせるために部下を操縦すれば、そうした操作は必ず信頼を破壊し、長続きしません。多くの場合、一時的にすら成功せず、信頼関係を構築するに至らずに終わります。

心理操作は関係性を破壊する。本書の方法は一切の心理操作を否定するものです。

心理を探り合うゲームの類いを完全にやめたとき、そこには誰の主観にも左右されない客観的な事実が残ります。特定の仕事についての期待は何だったのか。その期待に対して仕事の実態はどうだったのか。もし一致していなかったなら、なぜ一致していなかったのか。どんな現実があったのか。目的に照らして現実を変えるためには何が必要なのか。仕事に責任を持つプロフェッショナル同士の会話が成り立つためには、客観性と現実が絶対に必要なのです。

共著者のロバート・フリッツは音楽家であり、芸術教育のバックグラウンドを持つ人です。アートの世界において、現実を直視するというのは最も大切な規律です。芸術家はさまざまなイマジネーションをもとに創作をしますが、創作ができるためには創作のビジョンに対する客観的現実を見る力が必須なのです。

オーケストラが交響曲を演奏するとき、全ての演奏家が同じビジョンを共有し、プロとしてそれぞれの役割を果たします。素晴らしい演奏ができるためには事実を偽りなく観察し、観察した事実を共有する力が必要です。

30年前にロバート・フリッツから教えを受けるまで、私はこのことを正確に理解していませんでした。アーティストというのは豊かな才能や想像力に恵まれた特殊な人たちで、彼らの方法がビジネスやマネジメントに活用されるのはごく限定された領域だけだと思っていたのです。

本書の方法 MMOT は、アーティストの方法です。自分たちが何を創り出したいのか。そのために何が足りていて、何が足りていないのか。どうやって創り出したい成果を創り出したらいいのか。その成果をどうやってチームや組織で共有し、増幅したらいいのか。

MMOTを実践するために特別な才能や想像力は必要ありません。働く人がすでに持ち合わせている資質や能力が出発点です。そして仕事に必要なスキルやアプローチは、目的に応じて獲得し、開発し、展開していくことができます。

MMOTには、一対一(ワンオンワン)の面談、チーム会議、プロジェクト会議、戦略提携、協力会社管理など幅広い応用範囲があります。詳しい方法は本文に解説してある通りです。しかし、どんな場面で活用しても、その背後には「真実」と「創造」という普遍的な原理と方法があります。

これは古くて新しい方法です。芸術分野で活躍するプロの人たちは、それぞれの領域で同じことを実践し、新しい技を獲得し、素晴らしい成功を収めてきています。

本書の読者の皆さんには、ぜひビジネスや経営の現場でMMOTを活用し、手っ取り早く具体的な成果を上げてほしい。私自身もそうしてきました。しかしそこに留まることなく、アーティストとしての人間の大いなる可能性に着目し、ビジネスや経営の領域を超えて本書のエッセンスを汲み取り、自家薬籠中の物とし、豊かで自由で気持ちのいい生活世界を創造してほしいと思っています。