2020年6月26日

アートとしてのあなたの人生。アーティストが作品を創り上げるように、誰もが自分の人生を創り上げることができる。その方法をこれまでになく明らかに示した実践ガイドである本書を私が初めて読んだのは今から18年前のことである。

この本から私が受けた影響は計り知れない。そして影響は今もまだ続いている。その一端をここで紹介してみたい。

私はロバート・フリッツの構造思考を知り、その斬新さと単純明快さに衝撃を受けていた。斬新さというのは、ロバートの構造思考が世間に流布しているほとんどの思考法と一線を画することである。

まず、世間の思考法の大半は、問題解決と状況対応に終始している。困った状況や解決すべき問題があり、それに対していかに巧みに応じるか、どれだけ効果的に行動するか、どうやって課題を解決するか、というのが世間のアプローチである。「問題解決ではなく問題発見が先だ」というのも問題中心アプローチである点で同じだ。

ロバートのアプローチは全く違う。どんなに問題解決しても、どれほど見事に状況対応しても、自分の創り出したい成果を創り出しているとは限らない、とロバートは言う。アーティストは状況に対応して問題を解決しているのではない。自分が創り出したい作品を創り出している。人生においても同じことができる。問題を見つけて解決するのではなく、自分にとって大切な価値や志に基づいて人生そのものを創り出したらいい。

つまり、人生の状況に主導権を与えるのではなく、自分が創り出したい人生に主導権を与えるのだ。今までビジネスや生活で問題解決や状況対応に明け暮れていた人にとってはコペルニクス的転回と言っていい。ロバートは、対応モードから創造モードへと転換するための手順・姿勢・精神を本書の中で具体的に解き明かしている。

斬新さのもうひとつは、現実を観察するアーティストの方法である。

ロバートは一切の仮説思考を否定している。物事を観察するのに仮説をもって見てはいけないというのである。本物の科学や芸術を実践する者は仮説を持たない。自分の偏見や先入観を排除し、何も探そうとせず、ただ現実そのものを見るのだ。

これは言うは易く行うは難しである。相応の規律と訓練と経験が必要となる。

「現実は大人の味(acquired taste)。良さがわかるまでに時間や経験を必要とするものだ」とロバートは言う。私たちは慣れ親しんだ世界を「こういうものだ」と思い込んで受け入れている。ところが現実は常に新しく、いつも揺れ動いている。ロバートの教える構造思考は、表面に現れるふるまいだけでなく、あらゆるふるまいを引き起こす根底にある構造を見ることを可能にする。仮説や先入観から解き放たれると、現実の見え方が変わってくる。初めて自由な創造ができるようになるのである。

そしてロバートの方法は単純明快である。複雑に見える現実をありのままに観察することによって、人生は驚くほどシンプルになる。自分は何を創り出したいのか。自分のいる現実はどうなっているのか。創り出したい人生を創り出すために何をするのか。基本的にはこれで全てだ。それ以外のややこしい観念は必要ない。必要ないばかりか悪さをする。せっかくうまく行っていることをわざわざ台無しにしてしまう。成功を妨げる複雑な構造に原因がある。現実をしっかり観察し、自分の邪魔をしている構造を解体し、すっきりとシンプルな構造に変えたらいいのだ。

ロバート・フリッツの構造思考に出会った私は、それまで学んでいたことの全てを見直し、自分の人生を見直し、シンプルに自分の価値観に従って生き直すことになった。原著のYour Life As Artが出版された2002年に独立起業し、企業における人材教育・組織変革・リーダーシップ開発を事業にした。同時に企業組織以外における社会人教育にも携わり、コーチングやコンサルティング、トレーニングやファシリテーションといった専門技術に基づいて多くのクライアントをサポートする仕事に関わっている。

本書は、自分の人生を生き生きと生きたい全ての人に読んでもらいたい。本当に大切なことや好きなことのために人生の時間を捧げる喜びを忘れている人には特に読んでもらいたい。ただ読むだけでなく、本書の方法を実際に試してもらいたい。少し試しただけで効果が感じられる。効果を感じることができたら、もっと試してもらいたい。小さなことから新しい習慣が始まる。新しい習慣から新しい人生が始まる。

私自身は、ロバートの構造思考を自分の仕事や生活に活用することからスタートし、それを企業の経営に活かすことに発展し、少しずついろいろな領域に応用してきた。構造思考は発表されてから数十年も経つ現在も未だに斬新で、一般には知られておらず、特にビジネス界では異端と言えるほど知る人の少ない方法である。

本書の中で自己観念(アイデンティティ)に関する内容は「自意識と創り出す思考」(2018年)に、組織経営に関する内容は「偉大な組織の最小抵抗経路」(2019年)に詳述されている。関心を持った読者はぜひ手に取ってもらいたい。